酒、音楽、台湾語

Posted on:May 3, 2023   at 04:13 AM

昔から色々なところで書いていることだが、ぼくは若い頃は音楽をやっていて、まあ、色々あって台湾にやってきたあとは音楽のことを敢えて遠ざけるというか、意図的に人生の中心からずらすような生き方をしてきた。音楽はもう十分に楽しんだし、十分に苦しんだから、人生の後半は違うことに真剣になってみたいと思っていたからだ。じっさい2年前、初めて作品と言えるものを作って(ささやかながら)世に出したあとは、何かの価値を生み出さなければいけないという焦りも消えて、ただ本当に自分の愉悦のためだけに音楽とかかわることができるようになったと思う。クラシック音楽の作曲という世界はつらいもので、芸大学生時代の同級生の顔を思い出しても、生真面目そうな連中ほど生き方を見失って作曲をやめている。ぼくもまあ真面目というか、変なところにこだわって先に進めなくなったりしがちな人間なので、彼らの気持ちがなんとなくわかる。

まあそんなわけで音楽家である(あった)ということは、もはや自分にとっては割とどうでもいい過去であって、だれかに自分から話すこともほとんどない。ところが最近大学院で「音楽やってます」と自己紹介するおじさん(ぼくもおじさん、彼はもっとおじさん)がいて、へえーと思って自分も音楽の話を始めたら、おじさんは大変面白がってすっかり意気投合して、その次の週には飲みに行っていたということがあった。あとから調べたら、彼は台湾語ロックシンガーで、台湾人ならだれでも知っているような有名バンド1のボーカルなのだった。これはまさに音楽で繋がった縁だ。サイン入りのCDまで贈呈されてしまったが、ぼくもあのかわいい作品2を返すべきだろうか?世界観が違いすぎてもらっても困るんじゃないか?色々考えていてまだ渡していない。彼は、曲を作る時には何も考えていないらしい。深く考えずとりあえず作って世に出す、それがあってはじめて創作は創作たり得る。ぼくや生真面目そうな連中に必要だったのはこういう才能にちがいない。

彼のような台湾語で歌う台湾人が、台湾語をより学びたいという動機で大学院に入ってくるというのも、台湾人と台湾語の関係を端的に表しているエピソードだろう。もう十分に話せるんじゃないの?と我々がつい思ってしまうところに落とし穴がある。台湾語を喋る台湾人だって学ばなければ駆使できないのが台湾語だ。一方で「だからといって、すべての台湾人にとって台湾語がそういうものである」という話ではない、ということを常に併記し続けないといけないところもまた台湾の難しさなのだが・・・3

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ところで、台湾で会社勤めをしていたころは誰も日本の名前に興味をもたなかった(だからKyleと名乗るようになった)が、学校ではなぜか皆ぼくを日本の名前で呼びたがる。そもそも誰もイングリッシュネームなんか名乗っていない。ルイスだのフリーザだのブランカだの呼び合ってた社会はなんだったのか。台湾七不思議の一つである。

1. 董事長樂團 のこと。
2. Gardener のこと。
3. 台湾語で意思疎通が可能な台湾人は人口比 で70%前後である。参考:本土語言資源網